人生常に下り坂

人生常に下り坂

こういうことを知って欲しいというよりも、同じことを思っている人が1人でもいればいいなと思い書いています。

引きこもり殺人に関して思うこと

 

はじめに

 ここ最近のニュースでなんとも言えない殺人事件が起こってしまったことについてなんとも言えない気持ちだけが残っています。

 

結局、どっちが正しいのか?

 SNSやインターネットニュースを見てもこの殺人事件に関して、父親を擁護する人や、反対に引きこもりであることに関して被害者側に同情する人もいました。父親を擁護するような内容の記事には父親を称賛する人のコメントが多数を占め、それはどうか?と考える記事にはそれをどうかと考える人のコメントが多数を占めていました。と、考えるとどうしてもこのようなニュースが起こった時にどちら側に立って意見を見るかで起こった出来事に対して正義や正解が偏ってしまうことがなんとも言えない気分になってしまいました。父親を養護する人は元からひきこもり息子という被害者側の意見は聞き入れないし、ひきこもり息子の側に立つ側もまた父親の立場の意見も聞き入れないように思います。とは言え、どちらかと言えば社会的に理解が遅れているひきこもり側に立てるのであればそこらへんの理解はあるのかとも思いますが、どれもこれも想像なのでわかりません。

 

私の勝手な推論 引きこもりという社会問題は当人の問題だけではない

 結局はこれも勝手な私の想像になってしまうのですが、今回の事件は何はともあれ親の責任でしかないと思っています。巷では父親を英雄のように称賛する声があるとかないとか聞きますが、私はそれは違うように思います。引きこもるのは確かに当人の問題もあるのですが(ひきこもりから脱するためには当人が頑張らなければならないことはわかります)少なくともそれを父親がその機会を奪うのはいかがなものかということです。以前にもあった悲惨な連続殺人事件のように息子が連続殺人を起こさないためににとは言えども、結局殺人を犯したのは父親なわけです。いくら息子が連続殺人事件を起こさないようにと、起こりうるかもわからない可能性を危惧して殺してしまっては元も子もないわけです。あまり言いにくいことですが、殺人を犯してしまうような父親だったのであれば、結局その息子もまた殺人を犯す可能性はあったと言えてしまうかもしれません。なぜなら、やはり殺人を犯してしまう何かしらの習慣がその家庭にはあったかもしれないからです。そうであれば、遅かれ早かれ父親か息子のどちらかが殺人を犯していたのかもしれません。とは言え、それが本当かどうかはどうでも良く、今回の殺人で父親が「息子が子供に危害を加えないように」という理由付けがまずかったのではないかと思っています。アドラー的に言えば殺人を行うために怒りという理由付けをしているだけにすぎないということでしょうか。言わば、今回の殺人は父親の欲望をただ露呈させただけであり、仮に本当に息子が子供に危害を加えると思っているのであれば、「私の育て方が間違っていた。だから自分で尻拭いしようと思った。」とか「私が息子であれば殺人を犯すかもしれない。なぜなら息子は私が育てましたから」と言うのであれば納得できたと思います。少なくとも、父親自身が殺人を犯すかもしれないという気持ちがずっとどこかにあり、それを元に息子を育てているのであれば息子が殺人を犯すことも十二分にあったからです。というよりも、(父親が)殺人にまで至ってしまうのはそれなりに殺人を犯してしまうような思考が昔からずっとあったのかもしれないとも言えてしまいます。昨日の今日でいきなり殺そうとはなりにくいとはずです(そう思いたい)。とは言え、その父親が殺人をしてしまってはなんとも言えないのですが。

 

最後に 子育てに責任を

 なんというか、死人に口なしというもので、もはや何が事実で何が想像かもわかりませんが、少なくとも今回に関しては先走りすぎたのではないかと思います。それと同時に殺せばオッケー的な雰囲気もまた狂っているようにも思います。おそらく世の中のひきこもりを持つ家庭では「あんたもあんな風にならないでよ!」という脅しを受けている方が多い気がしますが、だからこそ引きこもりになっているんですけどという声が聞こえないこともないですが。引きこもりという子供の方に焦点を合わすのではなく、変わらなければならないのは子供も然りですが、同時に親も変わる努力をしなくてはならないのではないでしょうか。なんとなく、「俺/私の子育ては何も間違っていない!」という声もまた聞こえてきます。そうではなく、間違ってはいなくても、まだ進歩できると考えていくべきではないでしょうか。もっと子育てに慎重になるべきではないでしょうか。社会がとか言い訳にして、自分が子育てをちゃんとすることをめんどくさがっているのではないでしょうか。なんだかそういう風に感じます。